2011年5月26日木曜日

鎮魂詩

夏を送る夜に      -原発ジプシー逝く-       作者:鈴木文子

いいやつだったなあ。
ああ、いいやつだった。
それにしてものんべえだったなあ。
のむしかなかったのよ。

百姓やめて何年なる。
田畑くさぼうぼうんなって五年よ。
漁に出なくなって三年半。
不漁つづきで 借金かかえて、
どうにもなんなかった。
そんな時、
請負の親方がきたってわけさ。
十分か二十分働いて、
たった三分で一日の手間もらったこともある。
命がけで魚とってたもんにとっちゃあ。
原発さまさまだった。
百姓だっておんなじよ。

なんにも知らないで、
ゴムのカッパ着て、長グツはいて、
宇宙人みてなマスクつけて、
マスクは苦しいからはずして仕事した。
いつだったか、
炉の床にこぼれた水をふきとってたら、
胸に下げたアラーム・メーターが、
ピーピー鳴ってうるせえのなんの、
そんなの無視して作業やったけんどな。

そらあそうだ。
メーターがパンクしたって
やめられるんもんじゃねえ。
上のせ手当ほしかったもんな。
あしたっから仕事もれえなくなったら。
そのことばっかり考えて。
仕事終わると。
120ミリレムって。
被爆基準どおりに書いたもんだ。

200ミリレムこえると、
メーターの針が切れるそうだ。
放射能は、
見えるわけじゃないし 臭くもなし。
仕事してっとき、
どこかが痛くなることもなし、
恐ろしいなんて信じられねえんだな。
覚えているかい あの黒人のこと。
でっかい体で真っ白い歯で。
コニチワ。
日本語はコニチワとサヨナラだけで。
体でリズムとりながらペラペラしゃべって、
人なつこい気のよさそうな青年だった。
両手をいっぱいひろげて、
首をちょこんと曲げて、
サヨナラ。
ひび割れた炉ん中で、
1000ミリレムもあびたって話だが、
無事に国に帰れたろうか------。
若くて肌が光ってたから、
毒なんかしみなかっただろうよ。
きっと そうしみなかった。

いいやつだったなあ。
ああ。
もうすぐおれたちも。
まあ 一パイいこうか。
ああ------

「鎮魂詩四〇四人集 コールサック社」より

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