夏を送る夜に -原発ジプシー逝く- 作者:鈴木文子
いいやつだったなあ。
ああ、いいやつだった。
それにしてものんべえだったなあ。
のむしかなかったのよ。
百姓やめて何年なる。
田畑くさぼうぼうんなって五年よ。
漁に出なくなって三年半。
不漁つづきで 借金かかえて、
どうにもなんなかった。
そんな時、
請負の親方がきたってわけさ。
十分か二十分働いて、
たった三分で一日の手間もらったこともある。
命がけで魚とってたもんにとっちゃあ。
原発さまさまだった。
百姓だっておんなじよ。
なんにも知らないで、
ゴムのカッパ着て、長グツはいて、
宇宙人みてなマスクつけて、
マスクは苦しいからはずして仕事した。
いつだったか、
炉の床にこぼれた水をふきとってたら、
胸に下げたアラーム・メーターが、
ピーピー鳴ってうるせえのなんの、
そんなの無視して作業やったけんどな。
そらあそうだ。
メーターがパンクしたって
やめられるんもんじゃねえ。
上のせ手当ほしかったもんな。
あしたっから仕事もれえなくなったら。
そのことばっかり考えて。
仕事終わると。
120ミリレムって。
被爆基準どおりに書いたもんだ。
200ミリレムこえると、
メーターの針が切れるそうだ。
放射能は、
見えるわけじゃないし 臭くもなし。
仕事してっとき、
どこかが痛くなることもなし、
恐ろしいなんて信じられねえんだな。
覚えているかい あの黒人のこと。
でっかい体で真っ白い歯で。
コニチワ。
日本語はコニチワとサヨナラだけで。
体でリズムとりながらペラペラしゃべって、
人なつこい気のよさそうな青年だった。
両手をいっぱいひろげて、
首をちょこんと曲げて、
サヨナラ。
ひび割れた炉ん中で、
1000ミリレムもあびたって話だが、
無事に国に帰れたろうか------。
若くて肌が光ってたから、
毒なんかしみなかっただろうよ。
きっと そうしみなかった。
いいやつだったなあ。
ああ。
もうすぐおれたちも。
まあ 一パイいこうか。
ああ------
「鎮魂詩四〇四人集 コールサック社」より
2011年5月26日木曜日
2011年5月23日月曜日
鎮魂詩
手を離したひと 作者:麻生直子
二度目の波が恐ろしいちからで退いていくとき
おもわず妻の手を離してしまいました
手を離さなければ
腕にからめて掴んでいた草の根もろとも
ふたりとも引きずられてこれ以上耐えられないっと
思うよりさきに自分は踏みとどまっていて
妻の姿がずずずずーっと黒い波の闇のなかに
声もあげずに ずずずずーっと
あの夜の津波の出来事を
問われるままに確かにそのようにいいましたが
そのころはまだ妻はわたしの首のまわりや肩にとまって
たましいのようなまろやかさで
わたしの話しにうなずいていたのです
おまえがいなければ ご飯ひとつ炊くのも一大事業なんだよな
仮設住宅にはちゃぶ台がひとつ 葬式でもらった遺影と茶碗と
まわりの要望に応えるということは
だんだん自分自身でなくなるということ
工場を再建してもらわらなければ働くところがなくなって
みんな食べていけなくなる
たのむよ たのむよ と 頼みにされて
岬の浜辺に立派な水産加工場を建てたんだよね
借金だらけで 立派すぎるのが駄目だったんだ 派手な浴室までがうわさの種だ
あの夜 妻の手を離して津波に呑みこまれたのはほんとうはわたしなんだ
この数日 誰もいない誰も近寄らない
閉鎖した工場は廃墟のわたしの胃の苦汁
血反吐がなまぬるく つーと 三度目の波がずずずずずーっと
「鎮魂詩四〇四人集 コールサック社」より
二度目の波が恐ろしいちからで退いていくとき
おもわず妻の手を離してしまいました
手を離さなければ
腕にからめて掴んでいた草の根もろとも
ふたりとも引きずられてこれ以上耐えられないっと
思うよりさきに自分は踏みとどまっていて
妻の姿がずずずずーっと黒い波の闇のなかに
声もあげずに ずずずずーっと
あの夜の津波の出来事を
問われるままに確かにそのようにいいましたが
そのころはまだ妻はわたしの首のまわりや肩にとまって
たましいのようなまろやかさで
わたしの話しにうなずいていたのです
おまえがいなければ ご飯ひとつ炊くのも一大事業なんだよな
仮設住宅にはちゃぶ台がひとつ 葬式でもらった遺影と茶碗と
まわりの要望に応えるということは
だんだん自分自身でなくなるということ
工場を再建してもらわらなければ働くところがなくなって
みんな食べていけなくなる
たのむよ たのむよ と 頼みにされて
岬の浜辺に立派な水産加工場を建てたんだよね
借金だらけで 立派すぎるのが駄目だったんだ 派手な浴室までがうわさの種だ
あの夜 妻の手を離して津波に呑みこまれたのはほんとうはわたしなんだ
この数日 誰もいない誰も近寄らない
閉鎖した工場は廃墟のわたしの胃の苦汁
血反吐がなまぬるく つーと 三度目の波がずずずずずーっと
「鎮魂詩四〇四人集 コールサック社」より
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